LOGIN金曜日の放課後。
明日はお休みということもあり、たくさんの生徒が残っておしゃべりしたり休みの日の予定を約束したりしている。
喧騒の中、わたしの名前を呼ばれたような気がしてそちらを向くと男子生徒が数人集まってスマホを覗き込んでいる。
スマホから聞こえてくるのはこの世で一番聞きなれた声。わたしの声だ。昨日の告知の配信を見ているらしい。ちょっと照れるんですけど。
「な!この子めっちゃ可愛いだろ?」
「絵師は日向キリか。俺も推しの絵師だけど、これはいつもよりクオリティが高いな」
さすがキリママの力作!やっぱりみんなかわいいと思うよね!自分のことのように嬉しい。まぁ自分の分身なんだけど。
「それにこの子の声よ!チョーかわいくね?」
「キャラによく合ってるな」
わたしがまだ中学生ということもあってキリママの書いた絵も幼い印象だったので、意識して少し高めの声で話してよかった。普段そんなに高い声で話してるわけでもないしこれで身バレすることはないだろう。
「歌とダンスが好きなところといい、名前といい、……広沢っぽくね?」
えぇぇ!そんなあっさり……?名探偵すぎない?いやいや、ここは他人の空似ということでしらを切りとおすべし。ワタシカンケイナイ。心を無にしてやりすごそう。
幸い話をしていたのが男子だけだったので、直接聞かれることはなかった。
女子なら遠慮なく聞いてくるけど、男子はいまだにわたしに対して遠慮がち。
女子はもうみんな『ゆき』か『ゆきちゃん』って呼んでくれるのに男子は全員『広沢』って呼んでくるし。広沢は各学年にいるんだけどな。
ともあれ余計な火の粉が飛んでくる前にさっさと退散。
(ゆきとひよりはもう待ってる頃かな)
そんなことを考えながら急いで教科書をカバンに詰め込む。今日は日直だったので時間が遅くなってしまった。
帰り支度をしているとクラスメートが話しかけてきた。わたしは普段から無口なので友達とおしゃべりに興じることはほぼないんだけど、別に友達がいないとかじゃなく日常会話を交わす相手くらいはいる。
「茜ちゃんの弟って確か自分のことを雪の精霊だって言い張ってるって言ってたよね?」
他の話題なら帰り支度を優先するけどゆきのことならいつでも大歓迎だ。他ならぬゆきのことなんだからあの2人ももう少し位は待ってくれるだろう。
弟の魅力はいくら語っても語りつくせない。なんならこのまま明日のホームルームが始まるまで語り続けてもいいくらいだ。転校初日からその美貌と歌唱力で瞬く間に全校生徒から注目を集めているらしく姉としても鼻が高い。
ブラコンなのは自覚しているし、隠す気もない。出会ったころからずっと好きなんだからどうしようもない。
そういえば昨日、自分を雪の精霊って言い張っているところがかわいいって友人に熱く語ってしまったな。
「うん、ゆきは小さいころからそう言ってる」
「いや、昨日から配信を始めたVtuberがさ、『雪の精霊/YUKI』って名前なんで茜ちゃんの弟さんじゃないかって噂になってるんだよね」
しまった、余計な情報を流してしまったか。でもゆきは普段から口癖のように言ってるからな。その本人がこんなチャンネル名つけて……悪いのわたしか?
「……お願い、本人には黙っていてあげて」
「やっぱり弟さんなんだね……なんというか名前安直すぎない?」
「本気で隠す気あるのかわたしも疑問。でも近しい人に見られることは恥ずかしいみたいで頑なに隠そうとはしてるから」
「けっこうあちこちで噂になってるけど……割と天然なのかな?そゆとこなんかかわいいし黙ってた方が面白そうだね。部活や委員会で後輩にも箝口令出しとくよ」
そんな天然なとこもゆきのかわいさのひとつ。またゆきの魅力の片鱗を知る人が増えた。惚れるなよ?あげないからな。
「ありがとう。本人が気づかなければいい。温かい目で見守ってやって」
きっと明日の朝にはほぼ全校生徒が知っているってことになってそう。知らぬは本人ばかり。
「よろしくお願い。弟たちが待ってるから帰るね。また来週」
「うん、またね。陰ながらゆきちゃんのこと応援してるからね」
「ありがとう。それじゃ」
クラスメートに別れの挨拶をして校門に向かうとすでに2人とも待っていた。「ごめん、日直で遅くなった。待った?」
「ううん、そんなに待ってないし大丈夫。日直だったら仕方ないしね」
ゆきの様子を伺うにVtuberの件は本人の耳には入ってないのかな。「2人とも今日は何の問題もなかった?」それとなく話題になっていないか探ってみる。
「今日は何事もなくいたって平和な一日だったよ。さっそく昨日の配信を教室で見てる生徒もいたけどわたしだとはバレてないみたいだし」
あー本人から何も言わないしクラスメートもきっと気を遣ってくれたんだろうな。良い友達に恵まれてよかったな、ゆき。無邪気な笑顔してるけど今頃校内はおまえの噂でもちきりだよ。
「どうしたの?なんか切なそうな眼をして」
「いつも思うけどゆきちゃんってよくあか姉の表情の変化に気づくよね」
「そう?わかりやすいよ?」
そんなことを言ってくれるのはゆきだけだ。大体の人たちはわたしが何を考えているかわからないと言う。
生来の観察力の鋭さもあるだろうけど、それだけじゃなくいつもわたしのことをよく見てくれているということなんだろう。
それはそれで嬉しいんだけど、そんな頭のいいゆきがまさか普通に考えたらバレるってわかりそうな安直なチャンネル名をつけるなんて。普段の完璧さとのギャップがたまらない。不憫かわいい……。
「あれ?今度は哀れむような目でわたしを見てない?」
「気のせいだ」
ほんとよく見てるな。大丈夫、どんなことがあってもお姉ちゃんはゆきの味方。何かあったときにはフォローくらいはしてやるから。
帰り道、少し歩調を遅らせてゆきと距離をとり、本人に聞こえないくらいの声でひよりが尋ねてきた。
「あか姉のクラスでも噂になってた?」
それだけでひよりが何を言いたいのかわかってしまう。やっぱりすでに全校生徒に広まってるであろう確信が持てた。
「うん。口止めしといた」
「わたしもみんなにお願いして本人には伝わらないように頼んだよ」
「世話のかかる弟だ」
「そんなこと言いながらあか姉笑ってる。さすがにその顔はわたしにもわかるよ」
「そんな抜けたところもかわいいから」
「ほんとゆきちゃんは何をしてもかわいいよね。かわいいのオバケだ」
そんなことを話していると前を歩いていたゆきが振り返って声をかけてきた。
「ちょっと2人ともそんな後ろで何してんの~?ひとりにしちゃイヤだよ」
少し話し込みすぎたみたいで距離が開いてしまい不審な顔をしている。こんなことでバレてしまっては何のために口止めをしたのかわからなくなるというものだ。話は打ち切って何事もなかったように追いつく。
「ゆきは後ろ姿も美人だなってひよりと話してた」
「そうそう、全距離全方位どこから見てもスキがないなって」
「なにそれ。そんなおだてても晩御飯のおかずが好きな物になるくらいだよ」
「それは十分なご褒美だ」
ゆきが作るご飯+大好物となれば最強の組み合わせで自然とテンションが上がる。ひよりは飛び上がって喜んでるくらいだ。そんなことを言われたら遠慮なく好きなものをリクエストする。
ゆきの作るものは何を食べても美味しくて、それこそ高級レストランにでも行かないと食べられないくらいレベルが高いのだけどそれが好物ともなれば格別だ。
ひよりはハンバーグを、わたしは海老フライにした。
ゆきは上機嫌で「期待しといて」と言うが毎日のご飯自体が期待度Maxだよ。こうして毎日愛情たっぷりで作ってくれた美味しいものを食べられることがいかに幸せな事かをゆきはわたし達に教えてくれる。
そんな他愛ない日常会話も、ゆきと話しているというそれだけのことで楽しくて幸せで愛しさがあふれて止まらない。
いつも変わらず仲良しでいられることを誰かに感謝したいくらいに嬉しくて、いつまでも姉弟5人で仲良く楽しい毎日が続くことを切に願う。
そのころリビングでは今日もちゃっかりわたしたちが集結してライブ配信をテレビの大画面で鑑賞していた。「まぁゆきの場合あれで普通ってのは相当無理があるわな」「ゆきちゃんが普通ならこの世に美人なんていなくなるってもんだよね」「万人が認める美貌」「ゆきちゃんを眺めているだけでなんだか心が豊かになるような気がします。あの類稀なる容姿を今お見せしないのはもったいないなと思っちゃうくらいですね」 ブラコン四姉妹のいつものゆきちゃん自慢。今日は久しぶりの歌と踊りを堪能したのだから礼賛は留まることを知らない。「にしてもアメリカで一旦芸能活動を休止してやたらと歌と踊りの勉強ばっかしてたのは知ってたけど、さすがはゆきというかわずか数年でここまでレベルアップしてるとはね」「歌声聞いてるだけで鳥肌やばかったもん!」「こころにしっかり響いてきた」「元々感受性の豊かな子ですから、楽曲に感情を乗せる方法を覚えたら人の心を震わせるようになるのも納得ですね」「トランス状態っていうの?だいぶ入り込んで歌ってたよね」「あいつの才能は底なしなのかね。どこまでいくのか楽しみだ」 お姉ちゃんたちが一様にうなずく。「ところでさ、ひよりからみんなに提案なんだけど次からはこうやってリビングで見るんじゃなくてそれぞれの部屋で見た方がいいんじゃないかと思うんだけど」「確かに。」「そだな。その方が落ち着いて見られる」「アリバイ工作もしなくてすみますしね」 なんだかんだと理由付けをしてはいるけど要するにみんなゆきちゃんの声を独り占めして自分の世界に浸りたいのはバレバレだよ。 あと、感極まったときのリアクションを見られるのが恥ずかしいので平静を装っているから消化不良気味だというのもあるよね。 特に何も発言はしなかったけど、ゆきちゃんの配信を見て内心一番はしゃいでいたのは実はかの姉だと思う。いつものようにニコニコしてはいるが相当なフラストレーション状態に違いない。 その証拠により姉やあか姉より若干そわそわしてる。1人で見ていたら思い切り悶えていたんだろうな。かくいうわたしも何度叫びそうになったことか。 結局それぞれが思うままにゆきちゃんの歌声に熱狂したいということで来週からは各部屋で鑑賞することに。 ちなみに姉妹の部屋は年頃の女の子はプライバシーも大事だとゆきちゃんが両親と施工業者
昨日の夜、みんなから少し回りくどくてかつそれ以上に温かい励ましをもらったおかげで配信当日の昼間は何も気負うことなく過ごすことができた。 気合を入れて作った晩御飯も会心の出来で幸先も良好。万全の状態で配信時間を迎えることができた。 モーションキャプチャーとヘッドセットを装着してカメラの前で待機、あと数分で生配信が始まる。 子役もやっていたしカメラの前に立つことには慣れているとはいえ、今回は素性を隠してのデビュー。 星の数ほど生まれては注目されず消えていく人も多いVtuberという世界で、ダンスパフォーマンスメインとジャンルまで自分で絞ってしまってハードルはさらに上がっている。 努力を重ねてきたという自信はあるけど、結局音楽の世界は感性の世界。 わたしの感性が今の日本の人々に好印象で受け止めてもらえるのか、不安がないといえば噓になる。 だけどわたしは自分の大好きな歌とダンスを通して人々に元気と幸せを届けるという道を自分で選んだ。そのための努力は惜しんでいない。 勉強に勉強を重ねて知識だけは誰にも負けないほど持っていると思うけど、その知識のかけらを組み立てて世間に認めてもらえるような楽曲を作るのはわたしのセンスだ。 特に気合を入れて作りこんだデビュー曲はまだ姉たちにも聞かせたことはないけど、自分で納得がいくだけのものは作り上げることができた。あとは聞いてもらって評価をもらうだけ。 いよいよ配信の時間がやってきた。軽く深呼吸して配信を開始する。「みんなこんばんわ!雪の精霊がみんなに歌声をお届けするよ!二日ぶりのYUKIですが待っていてくれたかな?今日デビュー曲を披露するってことでYUKIは少し緊張しております」 声震えてないかな、大丈夫か。【がんばって】【楽しみに待ってた】など多数の応援コメントが並ぶのを見て安心すると同時にこの期待を裏切りたくないと気が引き締まる。「登録者千人超えてるのも多いなと思ったけど、同時接続も400人って多くない?半分近くの人がリアルタイムで見てくれてるんだよね?でも初配信が千人記念にもなるなんて、みんなありがとね!」 最初の配信からたくさんの人に聴いてもらえるのは素直に嬉しい。【声もかわいいし期待値高い】といろんな人から期待されているのを見るとさらに気合が入るというものだ。 そのうえ【キリさんがあちこちで宣伝し
「明日からまた歌える」 お風呂に入った後、あとは寝るだけの時間になってわたしはバルコニーから星空を眺めてそうつぶやいた。 そういえば告知の配信からまだ何もしてないのにチャンネル登録者が千人超えるくらいまで増えていたのがどうしてかわからないんだけど、キリママが宣伝頑張ってくれたのかな? それだけ期待もされているようで少し緊張感が高まる。 そんなことを考えながら私は夜空を眺め続ける。 星空を眺めるとき、わたしはキラキラとゆらめく星の光を見つめているわけではない。肉眼では何も見えない虚空の闇をじっと見つめている。 目には見えないけれどそこに確かに存在している、力強く輝く恒星を想像する。 望遠鏡で覗けばどこを見ても星の光にあふれているけど、夜空には肉眼では見えない星の方がずっと多い。その数はそれこそ天文学的数字。 しかも中には昼間地球を煌々と照らす太陽よりも何百倍、何百万倍も明るく輝いている星やほぼ光速の速さで自転して電波を撒き散らかしている星、いままさに燃え尽きようとして大きく膨らんでいる星などいろいろある。 それこそ想像が追い付かないほど多種多様な星が見えない闇の向こうに確かに存在している。 わたしという星も今はまだ世間からは見えない。望遠鏡を覗き込んでも見えるかどうかも分からない小さな点でしかない。 だけどわたしはその程度で終わらない。もっともっと輝きを増していずれは一番星に、いやそれすらも超えて世界中を照らせるような輝きを放つようになりたい、いやなる。 恒星が自分自身を燃料にして輝くように、この命ある限り魂の全てを燃やし尽くして歌い続ける。 明日の夜がスタート地点。生まれたばかりの星として最初の輝きを人々に届ける。 わたしの声が、パフォーマンスが一人でも多くの人の耳に、そして心に響くようわたしは歌い踊る。わたしの光で一人でも多くの人に元気をもらってほしい、前を向く勇気を受け取って欲しい、傷ついた心に癒しを届けたい。 それがわたしの幸せであり、使命。 その輝きで闇夜を昼間のごとく照らしだしてみせる。 恒星に起きる最もまばゆい輝き、銀河全体の光にも匹敵する超新星爆発のように。「こんな時間に何をしてるんですか?風邪ひきますよ」 わたしの思考を中断させたのはかの姉の優しい声だった。「もう四月といっても夜はやっぱり冷えますから、湯冷め
金曜日の放課後。 明日はお休みということもあり、たくさんの生徒が残っておしゃべりしたり休みの日の予定を約束したりしている。 喧騒の中、わたしの名前を呼ばれたような気がしてそちらを向くと男子生徒が数人集まってスマホを覗き込んでいる。 スマホから聞こえてくるのはこの世で一番聞きなれた声。わたしの声だ。昨日の告知の配信を見ているらしい。ちょっと照れるんですけど。「な!この子めっちゃ可愛いだろ?」「絵師は日向キリか。俺も推しの絵師だけど、これはいつもよりクオリティが高いな」 さすがキリママの力作!やっぱりみんなかわいいと思うよね!自分のことのように嬉しい。まぁ自分の分身なんだけど。「それにこの子の声よ!チョーかわいくね?」「キャラによく合ってるな」 わたしがまだ中学生ということもあってキリママの書いた絵も幼い印象だったので、意識して少し高めの声で話してよかった。普段そんなに高い声で話してるわけでもないしこれで身バレすることはないだろう。「歌とダンスが好きなところといい、名前といい、……広沢っぽくね?」 えぇぇ!そんなあっさり……?名探偵すぎない?いやいや、ここは他人の空似ということでしらを切りとおすべし。ワタシカンケイナイ。心を無にしてやりすごそう。 幸い話をしていたのが男子だけだったので、直接聞かれることはなかった。 女子なら遠慮なく聞いてくるけど、男子はいまだにわたしに対して遠慮がち。 女子はもうみんな『ゆき』か『ゆきちゃん』って呼んでくれるのに男子は全員『広沢』って呼んでくるし。広沢は各学年にいるんだけどな。 ともあれ余計な火の粉が飛んでくる前にさっさと退散。(ゆきとひよりはもう待ってる頃かな) そんなことを考えながら急いで教科書をカバンに詰め込む。今日は日直だったので時間が遅くなってしまった。 帰り支度をしているとクラスメートが話しかけてきた。わたしは普段から無口なので友達とおしゃべりに興じることはほぼないんだけど、別に友達がいないとかじゃなく日常会話を交わす相手くらいはいる。「茜ちゃんの弟って確か自分のことを雪の精霊だって言い張ってるって言ってたよね?」 他の話題なら帰り支度を優先するけどゆきのことならいつでも大歓迎だ。他ならぬゆきのことなんだからあの2人ももう少し位は待ってくれるだろう。 弟の魅力はいくら語っても語り
ゆきちゃんがスタジオに入ったのをしっかりと確認してからより姉がわたしに確認してくる。 「それでこっちの手筈は整ってるのか?」 もちろん抜かりはないとばかりに笑顔でサムズアップ。 ゆきちゃんのことに関してはわたしに任せてもらえれば万事大丈夫。マネージャーかってくらい予定を細部まで把握してる。 スマホを取り出し、動画アプリを立ち上げる。そこに表示されている配信者のチャンネル名『雪の精霊/YUKI』「そのまんまじゃねーか!隠す気ほんとにあんのか?」 わたしもまさかとは思っていたがものは試しと検索してみたら一発で見つかったので思わず笑ってしまった。普段から自分を雪の精霊だって言ってるのにそのまんまって。 これでわたし達には秘密にしておきたいって言うんだからどこまで本気なのか疑っちゃうよね。「完璧人間なのに変なところで抜けてやがる」 まぁそういうのもゆきちゃんのかわいいところなんだけどね。「天然さんなのかしらね」 かの姉もくすくす笑いながらスマホを操作してる。「記念すべきゆきの初配信はスマホじゃなくて大画面で見たい」「ナイスアイデア、さすがあか姉!テレビにつなげるね」 アプリを使ってスマホをテレビ画面にリンクさせたところで配信開始3分前。 今頃ゆきちゃんはどんな気持ちでいるんだろうな。 不安半分ワクワク半分ってところかな? わたしもまたこうやって画面の向こうにいるゆきちゃんを見ることのできる日が再び訪れたことをとても嬉しく思っている。 子役の頃から画面の向こうでキラキラと輝いているゆきちゃんを見るのが好きだったから、突然引退したときは寂しくてわたしの方が泣いちゃったくらい。 アメリカではヒットしなかったしすぐに活動休止しちゃったからテレビで見る機会もほとんどなかった。 媒体は変わったけどこうして画面越しにキラキラするゆきちゃんをまた見ることができる。ゆきちゃん本人よりわたしの方が嬉しさで興奮してるかもしれない。「始まるよ」 カウントダウンが終わって画面が切り替わり、さっきゆきちゃんに見せてもらったアバターが画面に大きく映し出された。おー動いてる!『見に来てくれたみなさん、はじめまして~!わたし、今日からVtuberとしてデビューしました雪の精霊、YUKIです!初配信なのに160人も来てくれたんだね!ありがと』 絵師さんの最高
帰宅してすぐに夕食を作り、少ししたら久々に日本の柔道場へと向かう。アメリカでも道場には通っていた。 小さな道場だったから人数も少なくわたしに勝てる人はいなかったので、日本ではどこまで通用するようになっているか楽しみ。 道場に到着してまずは師範に帰国の挨拶。「お久しぶりです、師範。今日からまたこちらでよろしくお願いします」「ゆきちゃん、おかえり。アメリカでも道場に通って敵知らずだったそうだね。みんな君がどこまで強くなっているか楽しみにしているよ」 受講費を支払いに来たお母さんから聞いたのだろう。周囲を見ると先輩たちが笑顔ながらも挑戦的な目でわたしの方を見ていた。「この4年間で腕を上げたつもりではありますけど、今日は皆さんの胸を借りるつもりで自分の力を試したいと思います」 暴力が嫌いとはいえ、試合は別。こう見えてもわたしはけっこう負けず嫌いだ。ここまで挑戦的な視線を向けられたらいやがおうにも燃えてくる。やるからには絶対に勝ちたい。 まずは準備運動をしっかり行って体を温めておく。今日は約束稽古の後に乱取り。約束稽古は技の反復練習なので基本動作の出来や技の習熟度などを図ることができる。 乱取りはだいたいレベルが同程度の人同士で稽古を行うのだけど、今日はわたしがひさびさに帰ってきたから今の力量を図るという意図もある。 約束稽古の出来から見て初段相手で問題ないだろうということで高校2年生の兄弟子と組み合うことになった。 向かい合い一礼をして構える。組み合った瞬間に兄弟子の体のバランスが偏っていることに気が付いたので、そこを狙い崩して投げた。あっさりと一本。驚いた。 兄弟子も簡単に負けたことに驚いたようで再戦。結果5戦やったけど全戦瞬殺。 結果を見ていた2段の兄弟子とも同じく5戦試合をしたけど、その人ですら1分と持たずわたしに投げられてしまった。 道場がざわつく。そりゃそうだ。まだ昇段資格の年齢にすら達していない少年が有段者をいともたやすく投げ飛ばしているのだから。 自分でも己の運動神経の異常さは理解しているけど、武道の有段者相手にも通用するとは驚きだ。 最終的にちょうど非番で顔を出していたうちの道場の最高段位3段保持者の現役警察官、松田さんが手合わせをしたいと名乗り出たことで捨て稽古みたいになってしまった。捨て稽古は勝敗にこだわらず自分より実